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(無題)

 投稿者:主法螺  投稿日:2012年 6月 2日(土)18時30分22秒
返信・引用
  風呂から上がったオレは言った。
「ツイに、オレにもオーラが出るようになったか」
 
 

(無題)

 投稿者:主法螺  投稿日:2012年 6月 2日(土)18時29分55秒
返信・引用
  技は心身一体となって初めて成立する。
よって、子供の悟飯やトランクスにカメハメ波や舞空術など出来るわけがない。
 

オーラ

 投稿者:主法螺  投稿日:2012年 6月 2日(土)18時27分42秒
返信・引用
  真の境地を極めるとその身にオーラをまとうことが出来る。嘘じゃない。弟子が座禅を組んでいる様子を、師匠が見に行ってみると光っていたらしい。何もオーラと言うのは、北斗や南斗の特権じゃなく、人間本来の気なんだ。風呂から上がったばかりの体から出る湯気とはわけが違う。
で、そのオーラはどういうモノか?悟り修行も終焉に近づくとその身に柱のようなオーラが出来る。それは竜巻に似ていて、まるで宙に浮いているようだと言う、オレはそれをみたからわからんが、悟りを開けば舞空術のように空を飛べるのか!?そんなことあるはず無いだろ!!
 

(無題)

 投稿者:主法螺  投稿日:2012年 6月 2日(土)18時26分34秒
返信・引用
  言ってみれば空間だろう。
一緒に練習すれば、信念まで伝わるのが当然。
 

(無題)

 投稿者:主法螺  投稿日:2012年 6月 2日(土)18時25分0秒
返信・引用
  オレがピークで上達したのは、元西日本新人王の吹石(仮名)と練習した時期だった。
一緒にスパーをしていれば、自然と動きは似てくる。
 

同じ空間

 投稿者:主法螺  投稿日:2012年 6月 2日(土)18時12分24秒
返信・引用
  一流の側にいると一流になるものらしい。陸上部の部員がみんなで走っているのもそうだ。同じ空間で苦楽を共に走っていると「道」出来てくる。そこに全国区のヤツがいたりすると、自分もその気になって、練習にも身が入るってものだ。
これは座禅にも当て嵌まる。師匠の側で、兄弟子、弟弟子と一緒に座禅を組んでいるとそこには空間が出来て「道」が出来る。師匠によって悟りが左右するのがこれでわかるだろ?寺で修行するしないでは雲泥の差なんだ。

とは言っても、オレも寺で修行してるわけじゃないが・・・。
 

(無題)

 投稿者:主法螺  投稿日:2012年 6月 2日(土)18時11分46秒
返信・引用
  阿部敏郎さんは悟りを開いて、体は有限、魂は永遠と言ってたが、本当だろうか ?
そこまで行くと、もはやインチキ宗教な気がする。
 

(無題)

 投稿者:主法螺  投稿日:2012年 6月 2日(土)18時11分6秒
返信・引用
  音を聞いて「今」を感じたのは最初の方だけだった。  

音を聞く

 投稿者:主法螺  投稿日:2012年 6月 2日(土)18時10分40秒
返信・引用
  「音を聞く」。それを知ったのは、「悟りの授業」を読んでからだった、阿部敏郎さん曰く、感じることと思考は同一しないらしい。なるほど。音を聞くと言うことは感じることで、思考、すなわち煩悩から遠のくことかもしれない。
オレの考えでは、悟りは「悩みの終焉」じゃあない。音を聞くことは、究極の境地に近づく手段として日々、修行に励んでいる。そもそも、人間が完全に煩悩から解放されることなんてあるはずがなく、むしろ逃げるつもりだってないからだ。
 

(無題)

 投稿者:主法螺  投稿日:2012年 6月 2日(土)18時09分50秒
返信・引用
  危険を察知する能力を「知能」と言う。  

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