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全43件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  |  《前のページ |  次のページ》 

(無題)

 投稿者:みほ  投稿日:2009年 6月23日(火)23時53分47秒
  私は山梨県に住む者です。最近知ったのですが、母の実家は嵯峨源氏の末裔とのことです。山梨県北杜市明野町が実家ですが、伯父が調べたと聞きました。  

神は“不平等”

 投稿者:スカばかりの人  投稿日:2008年 8月21日(木)19時31分16秒
  『天皇家は、恵まれ過ぎている』と批判する人が多々いるが、
この世の中“宝くじに当たる幸運な人”もいれば、“ハズレばかりの
不運な人”もいる。

つまり、天皇は“1等”と規定されているため、“(幸運をもたらす)神”
と結び付く,と考えることもできる。
故に、(外れた)国民は不平を言わずに“潔く”認めなければならない。

では、何故“天皇家”と“宝くじ”を結び付けたかというと、宝くじの
成り立ちが、天皇を元にしているのではないか,と考えられるからである。
・1    等=天皇
・前  後  賞=上皇・皇太子
・組み違い賞=五摂家(藤原氏系)
・2   等=将軍
・3   等=大名
・4   等=その他の皇統
・5   等=その他の藤原氏系
・6   等=地域(広域)の有力者
・7   等=地域(狭域)の有力者
これからいえるのは、五摂家の価値が“5等以上/4等以下”と
いうことである。
理由)“天照大神”の流れではないため。
また、キリスト教における“キリスト―天使(セラフからエンジェル)”の
序列に酷似している点に注目したい。

くだらないと思われるかもしれないが、じっくり考えると納得いただける
のではないだろうか。
 

嵯峨源氏の会

 投稿者:嵯峨源氏会結成  投稿日:2008年 3月 6日(木)18時09分11秒
  先日、嵯峨源氏の会を結成しました。渡邊一族のルーツを探すと言うことと親睦を目的に結成しました。渡邊という姓であれば、誰でも入会することができます。
 摂津の渡邊家が義経に味方したばかりに大阪を追われることになり、逃げてきたのが香川県の三豊市の比地大というところに城を築きました。
 手柄により毛利の領地を貰う事により、毛利家との争いになりました。渡邊七人塚は、毛利の策略で殺された七名です。
 大三島に拠点を移し、水軍としての勢力を拡大していきますが、秀吉の海賊禁止令で分散していったのが、渡邊水軍の顛末記です。
 入会したい人はいつでもどうぞ。
 

嵯峨源氏会を結成しました

 投稿者:香川県嵯峨源氏会結成  投稿日:2008年 3月 5日(水)22時09分53秒
  私達も嵯峨源氏の末裔と言うことは、神社のお社からも判っていました。ご神体が「天御中主尊」であることの意味がりかいできないままに今日に至っていました。
渡邊惣官第47代家首との出逢いが、義経が追われるようになり、摂津より渡邊一族も3000名の一族を引き連れて現在の三豊市に比地大城を造城した。
その後、鎌倉幕府から毛利の領地をもらうことにより、毛利と犬猿の中になる。織田家の見方になり、秀吉に付く。このときの本家は比地大から大三島に住城を移していた。

我々は渡邊の綱を始祖とする、言うなれば嵯峨源氏なのである。宜しければ、祖先の足跡を探して、我々の子孫に渡邊家の流れを教えて行きたいと思っています。
全国の渡邊家の会を作りたいと思います。賛同する人たちの連絡をお待ちしています。
 

埼玉の渡辺です

 投稿者:日の丸  投稿日:2008年 3月 5日(水)18時53分1秒
  私の家系も嵯峨源氏です。昭和初期に大庭家と縁組があり、現在は渡辺と大庭の二つの家系が親戚関係にあります。  

対“清和源氏”

 投稿者:端くれ  投稿日:2006年 7月29日(土)21時00分11秒
  表立って活動はしていませんが、現在でも“清和源氏”は
政界や財界に隠然と力を持っているようです。

そこで“嵯峨源氏”も組織化して“スター”を表舞台に出して
政・官・財に接近し、全国に“嵯峨源氏”の神社を建てて、
年中行事としての祭りを行うのです。

みなさんは、この案をどう思われますか。
 

“将棋”と天皇

 投稿者:王将  投稿日:2006年 4月27日(木)19時44分0秒
編集済
  現在、将棋の“名人戦”を巡って毎日新聞と朝日新聞が盤外戦を
展開しているが、朝日新聞は新たに“天皇杯”を創設してみては
いかがだろうか。

元々『将棋』とは、天皇が姓を与えて各地(国)で地盤を築いた
“源・平・藤・橘”の子孫たちの覇権取りをゲームにしたもので
あるから、天皇陛下が表彰状を授与する“天皇杯”が今まで創設
されなかったのが不思議でならない。
同様の考えの人も多いのではないだろうか。

なお、欧米人には“チェス”と違って詰ましたはずの駒を自陣の
持ち駒にする感覚が理解できないようだが、“将棋”とは
<殺・乗っ取り>を目的としたゲームではなく、相手を屈服させて
<傘下に治める>パワーゲームなのである。
 

大“姓”奉還

 投稿者:貧乏“源氏”  投稿日:2006年 3月11日(土)19時13分38秒
編集済
  『皇室典範改正』の有識者会議のメンバーのほとんどが“源氏”や“藤原氏”と
云いますが、“天皇”を蔑ろにする発言が目立ちます。

奥○・日本経団連会長は『清和源氏・足利氏流』と云いますが、某雑誌記者に
「天皇なんかいなくても、日本はやって行けるのではないか」と言ったそうであります。
それでしたら、代々伝えられて来たその“姓”を天皇陛下に御返上するのが、
筋というものでありましょう。
これが何を意味するのか,“保守系”の日本人やキリスト教を信仰する欧米人には
分かるはずです。

【堕天使】−すなわち、それぞれの『“家”の没落』の始まりを意味するのであります。

・大“姓”…天皇が直に与えた“源・平・藤・橘”の4姓を指す。
・大“名”…大“姓”のうちで、時代の節目に権力を掌握した領主
      (⇒足利・今川・徳川・島津・細川,など)
 

原点回帰〜日本の本来の姿〜

 投稿者:旧細川家臣  投稿日:2006年 1月22日(日)20時04分52秒
  明治以降、さまざまな事情により天皇が『源氏長者(=日本国王)』の
役割を担って来られました。
もう、皇族の方々には“京都御所”に戻って戴いてもよろしいのでは
ないでしょうか(*ホリ○モンのように『天皇不要論』を唱えている
わけではありません)。
代わりに、熊本藩主の末裔であられる源(細川)護煕氏を『日本国王』
に据えて、現皇居に御入城していただくイベントを国が行うのです。
50年に一度は、このような国を挙げての大イベントを催して盛り上げる
べきでありましょう(*『民主主義』を掲げている現在の政治体制の
もとでは難しいですが、潜在的に同様の考えの持ち主は多いものと
思われます)。

なお、その『日本国王』は、3代くらいまでは継いで行く意思を
お持ちの“旧大名家”か“旧上級公家”から選び、その後は雰囲気
を持った“(歴史上においては無名の)源氏〔*人数的には、こちらの
方が圧倒的に多いのではないでしょうか〕”からも選べるようにすると
いいのではないでしょうか。
選任方法は、神秘性を保つためにローマ法王の場合と同様に【密室選挙
(*源氏間で)】とするのです。

詰めるべき課題も多いですが、この形態こそが天皇を戴く日本の本当の姿
なのであります。
 

“源”の姓

 投稿者:旧細川家臣  投稿日:2006年 1月 2日(月)20時38分22秒
  新年 おめでとうございます。

日本新党を立ち上げた細川護煕さんは、議員仲間からサイン(オートグラフ)を
求められと【源護煕】と書かれていたそうです。幕府でも開く野望でもお持ち
だったのでしょうか。
細川護煕さんのように“源”の姓に愛着をお持ちの方は、今でも少なからず
存在するはずです。
そういうわけからして、何らかの形で復活させるのも面白いかもしれません。
しかし、大名でも足軽でも庄屋でも“源氏”であるならば“源氏”であるため、
“世襲”を嫌う現在では『下克上』の世となりますが…
 

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